2021/8/13 自己肯定感
Facebookで共有 twitterで共有
何をどう信じていいのか混乱していた。
「マヤ暦」を初めて耳にしたのは4年ほど前。
母が香港に遊びに来た時です。
 
風水や四柱推命などが蔓延るここ香港で何をどう信じていいのか。

混乱していた私は
マヤ暦もその類いだと思い込み、聞き流していました。その後・・・

ほんの一瞬の出来事が「道しるべ」となり「人生を変えるきっかけ」になる

私は香港在住28年になります。
今も外資系電子接合材メーカーで日系顧客の営業担当としてアジア中心に活動しています。

「マヤ暦」を初めて耳にしたのは4年ほど前。母が香港に遊びに来た時です。
 
風水や四柱推命などが蔓延るここ香港で何をどう信じていいのか混乱していた私は
マヤ暦もその類いだと思い込み、聞き流していました。
 
その後、沖縄へ里帰りした時、母の計らいにより又吉恵子先生とお会いすることになりました。
 
沖縄でマヤ暦アドバイザーとして長年活動してらっしゃるベテラン先生です。
香港に戻る当日の慌ただしい中、空港途中にあるカフェで先生とお会いすることになりました。

その時の私は乗り気ではありませんでした。
 
私は普段から自分自身が心から悦ぶことを優先するよう意識しています。
 
それは仕事に打ち込み一所懸命こなす、プロ意識をもつ、世のため人のため、
おもてなしを意識する、祖先に手を合わせる、芸術に触れる、などです。
 
Kin68のご説明にこれらのメッセージがピンポイントで
先生の口からポンポンと出てくるのに大変驚きました。
 
迷わず、更に力強く、このまま進めばいいのだ!と自分の中に「軸」ができました。
 
「マヤ暦」の世界のドアを開けた瞬間でもあります。

それからほどなくして、「2017年全国マヤの集い」が千葉で開催されることを知りました。
 
ちょうどその週が日本出張でしたので、1日だけ参加してみることにしました。

もしや?マヤ暦という名の宗教団体?

越川先生という方は教祖さま?などと一瞬よぎりましたが、

会場へ入るとその恐れは一気に消え失せました。
 
多くの女性で埋め尽くされた会場の空気は明らかに何か違います。
 
あちこちで絶え間なく聞こえる笑い声、
みなさんキラキラとして、それはとても楽しそうなのです。

こんなに人を輝かせるマヤ暦って一体何?

私の探究心が稼働しだしました。
それなりのデータを揃え信憑性を高めないと私は納得できません。
 
そこで、自分の周りの人のKinNo.リストを作ることにしました。
130名ほどのリスト作成に1週間は要しませんでした。
 
ひとつひとつが続々と紐解かれ腑に落ちていきます。
 
まず、顔を合わせれば討論になる父は絶対反対Kinで納得。
 
仕事では同僚に鏡の向こうとそのセットが4人も出てきて、
勤続25年も頑張ってこれた理由にまた納得。
 
その他、ここに書ききれないほどのたくさんの意味あるメッセージに、
感謝の気持ちが涙とともに自然に溢れ出てきました。
 
また、マイリストは半分以上が多国籍の友人です。
 
多くの人がそのKinNo.の特徴をもち、私との関係性をとってみても
精度が高いのに驚きとシンクロの連続!

ツォルキン表は人種も国境をも越え世界に通ずるツールなのだと確信!

まさか、こんなに長く海外生活を続けられ、いくつかの外国語を話し、

世界どこでも出かけられるような強い自分になれるとは思ってもみませんでした。
 
ただ、幼少時から何の根拠も自信もないのに海外に出て自立したキャリアウーマンになる、
と密かな無言実行型で決めていました。
 
その根底には「こんな小さな島に留まらず、外を向きなさい、世界を見なさい、
ものごとは世界規模に捉えなさい。」などと、
 
やたら外に目を向けさせようとする絶対反対Kinの父の教えがあったのは確かです。
 
たくさんの不安と夢と希望を抱え単独で海外へ出たのは鏡の向こうが巡っている年に実現しました。

ほんの一瞬の出来事が「道しるべ」となり「人生を変えるきっかけ」になること、
「今の自分がすべてではない」ということをマヤ暦を通して気づかされました。

ますます、どんな困難も笑う力に変えることができます。

「マヤ暦」を追究し分かり易く伝授いただく越川先生はじめ、斎藤社長、
あの時駆けつけてくれた恵子先生、その他のたくさんの尊敬するアドバイザーさんとの出合いは私の大切な宝です!

 

関連ストーリー

私の運命が変わったある言葉

私の運命が変わったある言葉

  マヤ暦に出逢ったのは、2013年のクリスマスイブでした。 当時の私は、仕事をしながら、長年の夢である 「スピリチュアルカウンセラー」になるために、いろんなツールを勉強していました。   手相、姓名判断、カラー、カードリーディング、ヒーリング、紫微斗数などなど。 たくさんの本も読みあさり、入りきれないノウハウを、一生懸命叩き込んでいました。   [...]
つらい事うまくいかないとき、何もいつまでも持ってなくて良い。

つらい事うまくいかないとき、何もいつまでも持ってなくて良い。

私がマヤ暦と出合ったのは5年程前でした。   印象は、「私の軽めの脳には難しいな。」で、 理解せず終わりました。 その後、まもなく・・・ [...]
肉親の助けのない中、孤独な育児との闘いでした。

肉親の助けのない中、孤独な育児との闘いでした。

私は20年前に韓国に嫁ぎ、肉親の助けのない中、孤独な育児との闘いでした。   仕事で帰りの遅い夫を待ちながら、4人の小さな子供達を育て、 半ば育児ウツ状態になっていき、子供を抱きしめて泣く日々でした。    そんな私がマヤ暦に出会ってどう変化したのか書こうと思います。 [...]