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マヤ暦で自分の種を知る。本来の自分を取り戻す。

「自分には何ができるんだろう」「何を仕事にしたらいいんだろう」。3人の子どもを育てながら、自分らしい生き方を探し続けていた伊藤聡子さん。家族との関係にも悩み、「なんでこんなに生きづらいんだろう」と感じていました。
そんな伊藤さんがマヤ暦と出合い、自分や家族のKINを知っていく中で、少しずつ変わっていったのは、周りの人ではなく“人生の見え方”でした。
「自分には何もない」と思っていたけれど、本当はずっと自分の中に“種”があった。つらかった過去も、家族との関係も、自分を責め続けてきた時間も――そのすべてが今につながっている。
「悩みのデパート」だったという伊藤さんが、本来の自分を取り戻し、「自分の人生を生きよう」と思えるようになるまでのストーリーです。

マヤ暦に出合う前の私~自分のやりたいことも向いていることもわからなかった~

―まずは簡単に自己紹介をお願いいたします。
伊藤聡子です。
屋号はcoharuという屋号で開業届を出しています。
「心晴れる時間に過ごしてほしいな」と思ってつけています。
地域は千葉県の千葉市でやっています。
現在は、マヤ暦の講座やセッションを中心に、ベビー&キッズシッター、整体、フラワーレメディ、よもぎ蒸しなども行っています。

アドバイザーになったのは2024年の5月で、初級を始めたのが2023年の9月でした。
その前にダイアリーは始めていて、2020年の年末からです。

―マヤ暦を知る前は、どんな毎日を過ごしていたんですか?
その時、一番下の子どもが3歳になったぐらいでした。
3人子どもがいるんですけど、何を仕事にしていいのか、自分にやりたいこととか向いていることは何なのか、すごく迷っていて。
先の見えないトンネルの中にいるような感覚でした。
子育てがしたいと思って保育士を取ったり、子育ての勉強をしていて、いろいろ不妊治療も経て、子ども3人授かって。
子育てに集中すればいいのに、なんで私は仕事もしたいんだろうとか、何か生かせるもの、それは何なんだろうって、すごくモヤモヤしていました。
フラワーレメディとか、心理学とか、その時学びたいことをいろいろ勉強して。
でも、それがなかなか仕事というふうになるまで自分の気持ちが持っていかなくて、そんな分を責めていましたね。

周りからも、
「聡子ちゃんは自信がないんじゃない?」
「やっちゃえばいいのよ」
「完璧主義だから」

と言われると、
「そんなこともあるのかな、いやでも違う気がするな」
とか、常に自問自答している感じでした。

―一番苦しかったことは何ですか?
その時アドラー心理学とかも勉強して、それもすごくプラスにはなって、捉え方、過去の捉え方も変わってたんですけど、人間関係、特に身内のことへのモヤモヤがしんどかったですね。
家族への思いって昔からすごくあって、子育てもそうですし、両親だったり親戚だったり、だからこそ悩むことがすごく多くて。
許せない気持ちとか、また何か時期が来ると思い出して。

「自分はどこにいても嫌われちゃうんだな」
「うまくいかないんだな」

とか。
家族と仲良くしたいのに、親子関係も父と母との関係も良くしたいのに、なんだか引っかかったままというのがつらかったですね。

「楽しそうだね」「元気だね」って言われるけど、どこか心の中で沈んでいるものがあって。

もっと楽に生きたい。
なんでこんなに生きづらいんだろう?

っていうのはありましたね。
誰かのせいにしているって生きづらいじゃないですか。
誰かのせいにせずに生きたいなっていうふうには思っていました。

 

マヤ暦を知ったきっかけ~自分を知りたかった~

―初めてマヤ暦を知ったのは、どんなきっかけだったのでしょう。
2020年の年末、まだコロナ禍の時だったんですけれども、お友達がマルシェを企画していて、そこにスーパーアドバイザーの鎌田めぐみさんが出展されていて、予約したのが初めの出合いです。
その時もやっぱり自分を知りたかったんですよ。
その前もインド占星術をちょっと勉強して、講座を受けてみたりしてたので、
「マヤ暦ってあるんだ。なんかよくわからないけど面白そう」
と思って、セッションを受けてみて。
そこがきっかけでしたね。

―セッションを受けた時の印象は覚えていますか?
小さい紙に「黄色い種」と「青い嵐」と書いていただいたんですけれども、「嵐」と「種」という言葉にすごくピンと来たんですよね。
あと美食家って言われたのを覚えています。
嵐ファンというのもあるし、私、本当に子どもに、いつか娘が生まれたら「種」ってつけたいぐらい、「種」という言葉にすごく惹かれていたんですよ。
「嵐と種」って聞いて、「あ、自分っぽい」と思って、面白いと思いましたね。
それで、よくわからないけどダイアリー講座を受けて、もう心の動くままにやっていました。

自分を知りたいで行ったけれども、その後は子どもたちのことをもっと知りたいっていうのがありましたね。
子どもたちとの時間をすごく楽しみたいと思っていて、個性だったり、魅力だったり、 「どんな使命、役割を持って今世で生まれてきたんだろう」 とか、ヒントになるものだったら全部欲しいと思っていました。

本格的に「学んでみたい」と思ったのは、父のキンナンバーを調べた時でした。
父はK198で、白い鏡、黄色い戦士。
紋章を見た時に、 「あ、まさに父だ」 と思ったんですよ。
高校教師ですごく厳しい面も持っていて、すごくチャレンジャーで、自分もチャレンジするし、私にも挑戦を求めて。
当時はすごくプレッシャーで、傷ついて、壁を感じていたんです。
だけど、それを知った時に、 「あ、父だ。わあ、面白い」 と思ったんですよね。

大学時代からの親友を調べたら、ドンピシャ鏡の向こうだったんです。
確かにその友達の影響で私、保育士を受けたなとか、その友達が先に結婚してくれて、結婚っていいなと思って24歳で結婚したなとか。

「わあ、これは面白い。学んでみたい」 って思いましたね。
 

マヤ暦を学び始めてから~自分も周りも変わり、感謝に変わる~

―実際に学び始めてから、どんな変化がありましたか?
どんどん現象が変わってくるんですよ。
初級を学んでから、7、8年ぶりにいろんな方から「会いたい」っていう連絡があったりとか、自分からもエネルギーが湧いてくるような。
自分の能力とか強みとか、自分で認めてあげられなかった種のようなものを知って、すごくスイッチが入った気がしました。

昔は気持ちの上下が結構あったんです。
昔は、 「楽しそうだね」 って言われても、 「いや、実は……」 だったけど、今は、 「楽しそうだね」 って言われたら、 「いや、もう楽しいんだよ」 みたいな。
あんなに「悩みのデパート」みたいな、常に一個悩みがなくなったら、また悩みを抱えているみたいな人だったのが、そんな感じです。

―お子さんのこともたくさん知れましたか?
今も日々、知っている感じです。
一番初めに「わかる、わかる」って思って楽になったのはK41の次男です。
セッションの時に、 「何も言われたくない、見られたくないっていう感じかも」 って言われて、 「いや、まさに今朝それを言われました」 って。
その子それぞれが持って生まれた能力、役割ってすごく納得しました。

あとは親戚と50人ぐらい調べてみたら、 「あ、おじいちゃんと魂のセットだ」 とか、 「親戚と鏡の向こうだ」 とか知れて。
待ち望んでいた子どもたちだけど、それぞれ本当に、私たちを選んで、この家族、家系を選んで来てくれたんだなっていうので、もうみんなが愛おしくなりましたね。

―家族関係はどう変わっていきましたか?
感謝に変わったんですね。
自分の両親に対して、ずっと寂しさを感じていたり、30代後半になっても、 「認めてほしい」 「なんで妹ばっかり」 とかね。
でも、黄色い種の私にとって、父の黄色い戦士とか白い鏡のエネルギーって必要だったんだって思えて。
しんどい時はあったし、その時に安心の場所、安全の場所って欲しかったなともありますけれども、全部感謝に変わりました。

いろいろ悩みがあったからこそ、今の自分の家族、その夫もやっぱりその義理の家族とのいろんな思いがあって、いろいろこう、お互い自分の両親との関係でいろいろ悩んだことがあったからこそ、「親子関係何より大事にしていこうね」って思うようになりました。
当時は白の時代の1年目にいろいろなことがありました。
その頃はまだマヤ暦を知らなかったのですが、当時の日記に「許すがテーマの1年でした」と自分で書いていて、あとからマヤ暦の流れを知った時に驚きました。
それぞれの人生でそれぞれの道があるんだよっていうのを、自分の体を使って体験。
すごい痛みを伴う改革でしたけど、できてよかったです。
あの経験があったおかげで、 「自分が大変だ」 みたいに思っていた自分から変われたり、経験させてもらってありがたかったなって思いましたね。
許すこととか、愛すこととか、感謝に変わるっていう経験をさせてもらっています。

―どうして、そこまで変わることができたのでしょう?
アドバイザーになって、いっぱいセッションをさせていただいて、いろんな方々の話を聞かせていただくようになって。
そうすると、外から見えていないけれども、 「みんないろんな経験をしてるんだ」 って。
みんなそれぞれ経験していて、だからこそ使命に気づいたり、どんどん人間として成長していっているんだなって思えるようになりました。

それから、セッションしたり、講座したり、マヤ暦のアドバイザーの先輩たちと語り合うことによって、ちょっと蓋していたものが、いいタイミングでかさぶたが取れたり。

「ああ、そういうことだったんだ」
「きついなと思っていたけど、あれも愛情だったんだよな」

って。
人に言われてじゃなくて、自分で気づけるんですよね。
日に日に、現在進行形で学び続けることで、一つ一つ癒えていったとか、浄化されていったとか、気づきで変わったっていうのがあります。

亡くなったおじいちゃんが残してくれた志を、
「私はあと数十年の人生でどうやって形にするのか」
「次の世代に何かメッセージが残せるのかな」
とか、そっちに意識が向くようになりました。

もう悩んでいる場合じゃない。
やることがたくさんあるって感じです。

―以前の自分と比べて、一番成長したところは?
焦ったり、責めたりしなくなったところですかね。
人と比べて、 「あの人たちはできているのに」 って焦りがあったんです。

でもマヤ暦を知って、それぞれの人生のサイクルがあるな、ミッションがあるなって知ってから、 「自分の人生を生きよう」 と思って、焦りがなくなりました。
今まで自分をいっぱいボコボコにしてたなと思って。
それがなくなって、未熟な自分も、それでいいって思えたんですよね。 孤独じゃなくなったのもあります。

―マヤ暦を一言で表現するなら?
「自分の種を知る」 じゃないですかね。
自分の種を知る。
人の種も知るっていう感じですかね。
「深いところから癒される」 とも言っています。

自分を思い出す。
自分を取り戻す。
本来の自分を取り戻す。


そんな感じがしています。

子育てもそうです。
マヤ暦を学んでから、「信じて見守る」ということができるようになりました。
昔は個性を信じながらも、どこかで焦ったり、 「私の環境だったり、声かけとかがいけないのかな」 と思ったけれども、マヤ暦を知ってから、その子の可能性をとことん信じられる。
「今はこうだけど、いろいろ失敗しながら学んでいるんだな」 って。
その過程も面白がりながら、信じて見守れるようになりました。

 

マヤ暦をおすすめしたい人~より目の前の人たちのためにと思っている人に届けたい~

―どんな人がマヤ暦に触れるといいなと感じますか?
昔からの悲しみ、孤独とか、 「自分が何したらいいんだろう」 って迷っている人にもいいですけど、子育て中のママにも、これから子育てをする方にもお伝えしていきたいです。
今、子育てのハウツーだったり、関わり方、声かけって、たくさんメソッドもあふれてきていますけれども、ハウツーじゃないと思うんですよね。

まず自分自身を認めて、癒して。
ママたち、パパたちも自分自身を知ること。
それがないと、いくら子どもにと思っても、どこかでコントロールが出てきちゃったりすると思うんです。
まず自分を癒して認めて、そこから子どもたちにも愛情が注げるのかなって。

最近は、人事に使いたいとか、カウンセリングをやっているから使いたいっていう方もいて。
「より目の前の人たちのためにマヤ暦を学びたい」 っていう方たちにも届けたいなと思います。

 

みなさんへのメッセージ

―今の夢は何ですか?
旅行がすごく好きなので、旅をしながら、日本中とか世界中とか旅しながら、そこでお悩み相談をしたり。
マヤ暦を学びたいっていう人に出会ったら、 「そこに教えに行きます」 みたいな感じで、お届けに行ったりするのが夢ですね。
仕事っていうよりは、 「マヤと共に歩む暮らしをしたい」 っていう感じですね。
人生を楽しみたいなって思っています。

それから、一人一人がすごく深いところまで癒したり、自分らしさを取り戻したり、一人一人の種が開いていくように。
出会った方とか、学んでくれた方一人一人が、 「笑顔が少なかったのに、笑顔で暮らせたよ」 って。
そういう輪ができるのが夢ですね。

自分の可能性を信じられる。
子どもの可能性も信じられるようになる
のが夢ですね。

―最後に、今悩んでいる方やマヤ暦に興味を持っている方へメッセージをお願いします。
「マヤって面白そう」 「なんかピンと来た」 そう思ったら、もうそれがタイミングなので、あまり考えすぎずに、セッションとか、まず一回でもいいから講座を受けてもらいたいなと思います。

私もそうでしたけど、自分の人生で、本当に見事なタイミングでマヤ暦と出合うと思うんです。
もう心の反応のままに学んでもらいたいなって思います。

人と関わることが不安な人も、私も本当にそういうタイプで、人といると楽しいけど疲れちゃったり、 「これでよかったのかな」 って一人反省会しちゃったりとかあったんです。
どこのコミュニティに行っても馴染めない、みたいなのがあったんですけど、マヤの学びがあると、 「聞かせて」 もそうだし、 「聞いて」 もそうだし。
時間が経つのを忘れちゃうんですよ。
そういう不安がある方も、安心して学んでほしいなと思います。

共に人生を楽しく、自分らしく歩んでいきましょう。
このストーリーのアドバイザー
K84 伊藤 聡子(coharu)
アドバイザー
K84 伊藤 聡子(coharu)

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