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マヤ暦に出合えたことで、沢山の素晴らしいご縁ができています。
マヤ暦の長期暦が終わると言われていた2012年12月22日。

私はこの日に東京で開催されていたあるセミナーにどうしても参加したい!!
と思い、ここに参加したことで現在の森川愛子シニアアドバイザーと出逢いました。
(ここから既にマヤ暦との出合いは始まっていたのだと思います)

お互い知り合いもいない中、隣同士で話が弾み・・・

家族の関係性を知ると、より愛しさが増しました

電話やメールで交流を続けていく中で、愛子さんからマヤ暦と出合い
アドバイザー試験を受けることや、〝マヤ暦は深くて素晴らしい学びだよ〟
ということを聞かせていただいていました。
 

家族の関係性を紐解いてもらったら、本当にすごかった。

 
その後、アドバイザーになりたての愛子さんから私の家族を紐解いてもらうと、
 
●私K87と長男K174がドンピシャ鏡の向こうキン

●主人K40と娘K224が鏡の向こうのセット
 
●次男K57は、義父母K117とK62のそれぞれの紋章をひとつずつ持っている〝かすがいの孫〟
 
ということでした。
 
愛子さんは「凄いよ!!これだけ深い関係性はそんなにないよ。
親子で鏡の向こうって、とっても応援されているよ!!」 と興奮して言って下さいましたが、
 
私は「何、何?凄いことなの?そうなの?へ~凄い関係なんだ~」と、
頭の中はポカーン状態でした。
 
 
でも、凄い関係性と聞いて悪い気はしません。
 
家族や子供たちに尚一層愛しさが増していきました。

 

マヤ暦の温かさに触れ、決意しました。

その当時、
高校三年だった長男の大学受験の付き添いで東京方面へ行くことになり、
良いタイミングだと思い、愛子さんから初級講座と子育て講座を学びました。
 
この子育て講座が特に感動して、マヤ暦の温かさに触れた思いがしました。
 
そして、このマヤ暦が必要な人がいるかもしれない!との思いで、
東京から愛子さんをお呼びして、
富山で初めてお茶会とダイアリー講座をして頂くことになりました。
  

マヤ暦を学びたい!という仲間の声で輪が広がっていくことに

その時参加して下さったメンバーの中に、
現在スーパーアドバイザーとして活躍されている岡田安衣里さんK205、
宮池佳代さんK198がいました。
 
私はこの時、ただ愛子さんをお招きすることしか考えていなかったのですが、
「マヤ暦を学びたい!」という仲間の声から、富山での学びが始まりました。
 
まだ富山から研究会のアドバイザーが誰もいないというお言葉から、
仲間で励まし合い頑張ってアドバイザーになろうと決意して、
2018年1月に研究会まで仲間と一緒に試験を受けに行ったことも、
今となっては懐かしい思い出です。

 

腑に落ちる。を実感した縁。

私がアドバイザーになってからの気付きですが、
私が結婚した年回りがちょうど義母のK62。
 
この事がわかった時は何とも言えない気持ち…。
 
〝腑に落ちる〟とは、こういうことなのか…と泣けてきました。
 
有難いことに世間で言われる嫁姑問題は全くなく、
居心地良くいられる意味がわかり、感謝の気持ちと〝マヤ暦凄い!
 
やっぱり縁があってここに嫁いできたんだな〟と実感しました。
 
 

全ては準備されていました。


更に、私が初級講座を学んでいたとき、
​​鏡の向こうの長男の進路のタイミング。
 
マヤ暦の〝何も心配することはない。全ては準備されている〟
ということを実感しました。
 
我が家は造園業を営んでいますが、長男は建築の方に進みたいと、
いくつかのそちらの進路を受験しましたが、全て不合格。
 
私は〝やっぱりこの子はこっちの道ではないんだな〟と思いました。
 
長男も色々考えて勉強していく中で、造園関係の大学に運良く推薦して頂く話があり、
自分で決断してこちらの進路に進みました。
 
今では造園業のアルバイトもしたりして、
主人とは仕事の話をしたり相談したりする仲になっています。
 
まさしく易経の風山漸です。
 
そして、義姉がK176で私とは鏡のセットでもあり(長男と同じ風山漸)
元々義姉とも仲が良かったのですが、マヤ暦のお陰で益々仲が良くなり、
今ではアドバイザー仲間となりました。

 

思ってもみなかったことを体験しています

私がアドバイザーになるなんて自分では思ってもみないことでしたが、
これも全て準備されていたとしか思えません。
 
愛子さんとの出逢いから、今では沢山の愉快な仲間たちが増えました。
 
そしてこの度、皆様のお陰でスーパーアドバイザーに認定されることになりました。
 
マヤ暦と出合ってからは感謝の日々。
 
ありがとうございます。マヤ暦に出合えたことで、沢山の素晴らしいご縁ができています。
 
この〝幸せにしかならないマヤ暦〟を音9のワクワク・ドキドキ拡張の如く、
沢山の愉快な仲間を増やします。
 
最後に、越川代表、齊藤社長、夏村ひとみシニアアドバイザー、マヤ仲間の皆様、
富山の愉快な仲間だち、そして(今はZoomですが)毎月富山に来て下さっている
森川愛子シニアアドバイザーに感謝の思いを伝えます。
 
この研究会にご縁があったことが自分自身の誇りと幸せです。
 
沢山の笑顔、気付き、感動、応援、愛をいつも感じます。
そして、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

〝いつもありがとうございます。感謝をこめて。〟
 
このストーリーのアドバイザー
尾川 小百合
スーパーアドバイザー
尾川 小百合

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