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マヤ暦を知って「自分が生きていること」を肯定することができました
インタビューの中の幼少期のMARINAさんには「自分が生きている意味」を問う魂の叫びを感じます。
ある日「何かに導かれるように」マヤ暦と出逢い、自分の生きる意味、役割、相手との違いを知り、人への興味を持てるようになったそうです。そして、今は音10の持つキーワード「プロデュース」から、悩みを聞いたり、人の背中を押せる自分でいたいと言っています。
幼少期のハードな経験があるにも関わらず、なぜ「生きているだけで丸儲け」の境地に至ったのか、感謝できるのかについてぜひご覧ください。

マヤ暦に出合う前の私~家族全員を恨んでいました~

―マヤ暦に出合う前のMARINAさんについて教えてください
そうですね。両親との仲も悪く、会社でも人間関係が上手くいかないのはなぜなんだろう。  

私の人生って何なんだろう?
何のために私は産まれてきたのか?
いらない人だったんじゃないか。
何をやってもうまくいかない。  


常にそんな言葉が自分の中で渦巻いている状態でした。  

―そうなんですね。今は明るくてそんな風に悩んでいらっしゃるようには見えないのですが、どんなきっかけがあったのでしょうか
うちは家族の仲があまりよくなかったのです。
うちは、父(KIN147)、母(KIN179)、7つ離れた兄(KIN24)と私の4人家族でした。
私が小さい頃、父と母は共同経営をしていていつも家にいませんでした。
私が家事のほとんどを担い、夜ご飯は出前やお惣菜の毎日。
家族みんなでご飯を食べるのは年に数回程度しかありませんでした。
私のお誕生日は毎年母だけが祝ってくれました。
うちには借金があって、家にヤクザみたいな人が取り立てに来ていました。
家に両親がそろうと、父と母はお金が無いことでいつも喧嘩ばかり。
そのうちヒートアップ父が母に暴力を振るい、私はいつも自分の部屋に引きこもり、怒鳴り散らす父の声と泣き叫ぶ母の声をシャットダウンするため毛布にくるまるか、音楽を大音量で聞いてました
喧嘩が終わると母は遠い目をしながら爪を噛むか、私の部屋に来て私を怒鳴り散らし、手をあげるのでした。
母はうつ病だったのです。
怒鳴り散らす父と、八つ当たりする母に兄はうんざりし、すぐに家を出て行ってしまいました。
私は両親も兄のことも恨んでいました。  

みんな早く死んでしまえ。

そして、ろくに栄養があるものを食べてなかった私はよく病気になり、1週間に1回は高熱を出していました。
そのため、学校にもほとんど行けず、たまに行くとノートや机、上靴に落書きがあったり、画鋲が入ってたりしました。
それを見て、怒りが込み上げ怒鳴り散らしたこともありました。  

私がいったい何をしたん?
神様なんて絶対おらん!
生きてるのが辛すぎる、、、
どうやったら楽に死ねるのか?  


そればかり考えて何回も何回も死のうと思いました。
心が痛すぎました。
そして身体の痛みがあると、心の痛みが和らぐんですよね。
だからピアスの穴を沢山開けたり、リストカットも何度もしました。
しかし中学の時、彼氏ができてから私の人生は変わりました。
家の呪縛から離れられなかった私は、彼氏の家に住むようになったことで解き放たれたのです。
環境が変わるだけで、そして自分自身を必要としてくれる存在が出来ただけで、こんなに心境は変わるのかと思いました。
そして離れて見てみると、父と母がどんな状況で育ててくれていたのかの感謝も少しずつ感じられるようになりました。
その彼とはお別れし、次に付き合った彼氏が結婚相手になる人でした。
その彼と結婚し、2人の子どもに恵まれましたが、アルコールに溺れ、仕事が出来なくなり、うつ病になってしまいました。
私は朝から夜中まで働き続け、子ども2人と旦那を養う日々でした。
そんな毎日が続く訳がなく、アルコールを禁止されていた旦那が隠れてアルコールを浴びるように飲んでいて、怒鳴った私に暴力をふるってきました。
子どもにも手を出したので、もうダメだと思い、子どもを抱えて家を飛び出しました。
小さい頃の父や母の怒鳴り声と、暴力がフラッシュバックして、全身の震えが止まりませんでした。
小さい頃に受けた傷は大人になっても一生消える事は無く、今だに大きい声や怒鳴り声が聞こえると、あの時の情景が蘇ります。  

 

マヤ暦を知ったきっかけ~自分が知りたかったことがやっと知れた!~

―想像を絶する体験ですね。どうやってマヤ暦を知ったのですか?
マヤ暦はなんとなく耳にしたことがありました。
ただその時はあまり気にも留めていなかったんですよね。
で、ある日、携帯電話をぼーっと眺めていた時に、
「マヤ暦を知りたい!!」
と突然思って、携帯で調べ始めてセッションを受けたいと思って、セッションを受けたのがきっかけです。
マヤ暦について調べてみたら、

自分は何の為に生まれてきたのか、
自分の役割や使命
家族や、沢山の人がどんな特徴があるのか


そういうことが知れるんだ!知りたい!と思ったのです。  

―ご自身でマヤ暦アドバイザーを見つけてセッションを受けられたんですね。セッションを受けてみてどうでしたか
私が知りたかったことはこれだったんだと思ってすごい感動して涙して嬉しかったのを覚えています。

―どんなところに涙したり嬉しかったりしましたか
やっぱり両親との関係性だったり、あと子どもとの関係性だったりですね。
私はバツイチの再婚なんですけど、前の旦那さんのこともセッションで見てもらったんですよね。
その時に、前の旦那さんがドンピシャ鏡の向こうだったんですよ。
そこでなんかすごく、やっぱり出会うべき人だったんだなって感動しました。
現在の旦那さんと娘(前の旦那さんとの子どもです)との関係性もすごくあって、すごくやっぱり準備されているんだなっていうのを感じました。
その時に、今の旦那さんとわたしの「かすがいの子」と言われました。  

―なるほど。それを聞いてどう思いましたか
うれしかったです。  

―そのセッションを受けた後、どうされたんですか
セッション後すぐに
「講座を受講したいです!」
と言って受講日を決めたんですね。
でも実はそこからアドバイザーになるまでは時間がかかってしまったんですよ。
途中で自分のお店を出すことになって、そちらが忙しくなってしまったので。
で、中断もしましたが、無事にアドバイザーになることができました。  

 

マヤ暦を学び始めてから~ただただ生きているだけで感謝の気持ちに~

―マヤ暦を学ぶ前と学んだ後で何か変化がありましたか
私は全人類みんな敵だと思っていたんですよ。
それが人間って面白いなと一人一人に興味が持てるようになりました。
それと同時に私は私でいいんだと思えたので、人付き合いも楽になりました。  

ーそれはなぜそう思えたのでしょうか
なんか母親が世間体をすごく気にする人だったんですよね。
だから自分の人生を否定したり、隠してきてた部分があったんですけど、なんかそういう流れで生まれてきてるんだったら、もうそれを隠さなくていいんじゃないか、開示するべきなんじゃないのかなって思うようになってきました。  

―具体的には?
母親と私のKINナンバーも全然違うし、流れも違うし、それを学んですごく実感した時になんか、実の母親だけど、あなたはあなた、私は私みたいに割り切れたところがありました。
もちろん最初からそう思えたわけではなくて、マヤ暦を学んでいくうちにそう思えるようになって、面白いと思えるようになってきました。

―他に変わったことはありますか
幼少期がとてもハードで家族を恨んでいたのが、自分がただただ生きているだけで感謝の気持ちが持てるようになりました。  

―なぜそこまで変われたのでしょうか
自分が生きてる意味って皆さん知りたいところだと思うんですよね。
ただただ生きているだけじゃ、

別に私なんかいなくても、
みんなの人生に何も影響しないだろうし、
居なくなってもいいか


と思っちゃうんです。
そうすると、 ただ仕事して ただ食べて 寝ていくの毎日の繰り返し。
だったら生きている意味あんのかなぁって私は思ってたんですけどけど、

自分がいなきゃいけない意味とか
自分がやらなくちゃいけなかったこととか
役割とか

そういうのを少しでも見つけると、

仕事でもこういう役割をもしかした私はできるかもしれないとか、
こういう夢を持って今後動いていきたいなぁとか、


なんか生きる希望を少しでもいるんじゃないかなと思います。  

―なるほど、いいですね。MARINAさんってどういう役割だなって感じられましたか?
私は音が10で「プロデュース」というのがキーワードなんです。
若い時は、私が何か1人でやるとか夢を追うとか考えてたんですけど、マヤ暦で「プロデュース」というのを知って、やっぱり私ってサポートしたり背中を押してあげることがすごく好きだっていうのを実感しました。
最初に個人事業主としてやりだしたのはベビーマッサージ講師だったんですけど、その時に子育てですごく悩んでいるお母さんのお話を聞きたいとか、マッサージでなんとか癒しの時間を作れないかなというところから始まったんですけど。
だからやっぱり私は根本的に話を聞いたり背中をしたりするのが好きだなぁっていうことで、マヤ暦の音10に繋がったなぁっていう感じでした。

 

マヤ暦をおすすめしたい人~「なぜ自分は生きているんだろう?」生きる希望がない人へ~

―いいですね。ちなみにMARINAさんはどんな人にマヤ暦を知ってもらいたいですか
私が思春期にすごく悩んでいて、その時にマヤ暦を知ってたらもっともっと違う大人の一歩が踏み出せたのかなとか、非行に走る前に知りたかったし、その時に知ってたもしかしたら親に迷惑かけなかったかもしれないしと思ったりもしています。
うちの次女が今小学校5年生で、マヤ暦の話をしてるんですけど、すごく面白いって言って、もうノートにバーって書いて、自分の部屋に飾ってるんですよ。
なんか、それぐらいマヤ暦って子どもの心にも刺さるんだなっていうのがすごく実感であって、大人だけじゃなくて子どもにもセッションをしたいです。
 
生きる希望がないとか、
なんで今私は生きてるんだろうとか、
それこそ目標がないとか、
したいことが見つからないとか、


そういう人に届いてほしいなぁと思います。


 ―なるほど。その人たちがマヤ暦に触れるとどんないいことがありますか

生きる一歩が踏み出せるんじゃないかなと思います。
生きるって私にとってはすごいしんどかったんですよ。
だから、当たり前に生きられないっていうか、ただ淡々と生きられないっていうか、そこをすごく感じましたね。
ただ生きるだけでいいというか、自分の役割を知って。

―それをやっていったら、その先に見えてくるものって何かありましたか
そうですね。
いろんな方の背中を押せる自分でいたらいいなぁって思いますね。
やっぱいろんな経験をしたからこそ、わかる部分もたくさんあるんじゃないかなって思いますね。
それこそ長女が多動症とかそういうのもあったので、子育てで苦労した部分とかもお話聞かせていただいてご相談とかもできたらなと思います。  

―MARINAさんに会っただけで癒やされそうだし安心感がありそうですね。ちなみにそういう悩みをかかえている人が何から始めたらいいですか。セッションですか
私はマヤミラクルダイアリーからかなと思います。
マヤミラクルダイアリーを通して

どういうつぶやきが出るのかとか、
自分は本当はどうなりたいのかとか、
どういうことをしたいのかとか、

まず自分自身を知ることですね。
その上で
「自分はこうだけど、あの人はどうなのかなぁ」
とかいう順番がいいんじゃないかなと思います。  

―なるほど。やっぱり日常の中にそういうものを取り入れながら自分を振り返るみたいなことの繰り返しですかね。
そうですね。
毎日こうなりたいなぁとか、こういう目標を持ちたいなぁとか、この人に会いたいなぁとか、そういうつぶやきって毎日変わると思うんですよ。
それを書き留めておいて後で見返せるのはすごくいいかなと思います。

―確かに普通のスケジュール上だったら振り返ることってないですよね。ダイアリー講座も開催されているんですか
はい。
ダイアリー講座してます。
SNSでお知らせしていますので見てみてください。  

 

みなさんへのメッセージ

「生きてるだけで丸儲け」
っていう言葉があるんですけど、私はその言葉がすごい好きで。
本当に生きてるだけですごくいいことだったり楽しいことだったり素敵なご縁ってたくさんあるので、自分にとって光るものを見つけた時にまた花開く人生を一歩一歩を歩んでいただけたらなぁと思います。
ぜひ講座一緒に学びマヤを楽しんで学びましょう。
このストーリーのアドバイザー
MARINA 古賀万里奈
アドバイザー
MARINA 古賀万里奈

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