越川宗亮の提言       「シンクロだより」2015.8月号掲載

 日々「シンクロニシティ」について研究しています。そんな立場で特に関心をもち、
 注目している人物が三人います。
 一人は、米国タイム誌の「世界で最も影響ある100人」に選ばれた、
 「ときめきの片づけ」で知られる「近藤麻理恵さん」。

 もう一人は、ウインブルドンテニス2連覇の「ジャコビッチ選手」。
 そして最後に、芸人でありながら芥川賞作家となった、「又吉直樹さん」。
 この三人についてフォーカスし、さまざまに情報を集めているところです。
 その中で、今回の提言は「又吉直樹さん」を取り上げてみたいと思います。
 又吉直樹さんは今年七月十六日に発表された第百五十三回・芥川賞を、
 処女作「火花」で受賞しました。
 この受賞で、お笑い芸人という以上に作家としての取材やテレビ出演の
 オファーが極端に増えています。
 受賞時でのインタビューやテレビ番組での発言を聴いてみると、
 「作家・又吉直樹」の今日までの流れが垣間見えてきます。
 小説の魅力に気づいたのは中学の教科書に載っていた芥川龍之介「トロッコ」との
 出合いからと回想しています。
 インタビューの端々で登場するのは、小説の主人公を自分に完全に置き換えながら、
 自分自身と向き合い、それを楽しんでいる感覚です。
 本と共に音楽への造詣も深く、独自の感性は日々練りに練ってきたものであることを
 感じさせられます。お笑い芸人として瞬間瞬間「ネタづくり」を意識し、昼夜模索し続けて
 いる映像が流れています。言葉の端々から日夜考えていることは「人をいかに喜ばせるか」
 ということ。ここにすべての視点を合わせ生活している感じです。
 そんな中で、とくに思い入れの強いのが太宰治です。
 「火花」を読んでも明らかに文体が太宰の影響を色濃く受けています。
 携帯電話の待ち受け画面も太宰といい、今年の六月だけでも太宰の墓に三度お参りを
 重ねています。それは六月に、「桜桃忌(おうとうき)」を始めとした太宰に関わりの深い、
 いわば記念日がたくさんあるからです。
 また以前住んでいた三鷹の築六〇年にもなるアパート。後に自身で気づきますが
 太宰が以前住んでいた住所と同じとのこと。
 おそらく、ただならぬ縁(えにし)を感じたのではないでしょうか。
 驚くことに太宰治「人間失格」は百回読んでいるといいます。
 主人公の社会への向き合い方と、自分の感覚が似ているとのこと。
 毎年、年初めには必ず「人間失格」を読んで一年を出発するのが習慣になっているようです。
 三色のラインマーカーを使い、線を引きながら読んでいるとのことですが、何度読んでも
 新たな発見があり、すでにすべての行間が三色のどれかで色づけされ、全ページが見事に
 塗られていると本人が語っています。ここで改めて強く感じたのは、ひとつの作品を
 深く読み込むことで、自分自身の心の軸ができ、そのうえ感性が驚くほど磨かれるという
 事実です。今日の「作家・又吉直樹」は極端な表現をあえてすれば「人間失格」を
 深く深く読み込んだことでつくられたといってもよいでしょう。
 ぜひとも、この辺りは大いに参考にし、自分自身の感性を育ててみたいと思います。
 又吉さんは一九八〇年六月二日生まれ K25 赤い蛇 白い魔法使い 音12。
 行動様式に目を向けてみると、このキンナンバーの特色が実によく現れています。
 「音12」は人一倍「分かち合う」気持ちが強い傾向があります。二人の後輩芸人と同居し、
 とっても慕われています。
 また「赤い蛇」「白い魔法使い」とも体感型の紋章です。

 体験すること、肌身で感じることが感性をより豊かで鋭いものにしてくれるでしょう。
 それゆえ「人間失格」を百回も読み込むということは、自分の体に太宰のリズムを刻み込むことに
 なります。リズムが似てくると、起こる現象も当然似通ってくるのです。こと文学に関しては…。
 もうひとつ注目したいのは、自分の中に類似キン(「赤い蛇」と「白い魔法使い」)を
 もつ「ナルシスト」であるということです。
 根本的に自己肯定感があるため、苦しみや絶望に打ちのめされても立ち上がるパワーを秘めて
 いるのです。うかれたり、調子に乗る事もなく、どっしり構えています。これも「音12」の
 よい面が顔を出しています。さまざまな視点から鑑みて、又吉直樹さんの今後の活躍は
 ずっと続くでしょう。これもしっかりした軸が定まっている事が大きく貢献しています。
 八月は一般的には盆休みもあります。深く深く本と向き合うと、人生が新たに開けてくるかも
 知れません。何しろ「本当の自分」は自分でも予測できないほどステキなのですから。

 
 
 


       越川宗亮の提言       「「シンクロだより」2015.11月号掲載

『縁』を最大限に生かす

出会う。それも1度ではなく、何度も。しかも顔見知りになる。これは、奇跡的確率で
 す。ここ数年、誕生日や思い出深い日を迎えると必ず思い出す一文があります。
 「ぼくが、一生の間に会える、ひとにぎりの人の中に、あなたがいました」

 コピーライター岩崎俊一さん作ですが、やけに心に染み込んできます。また敢えて続き
を記せば、「そんなあなたは、ぼくの宝物です」なんてどうでしょう。

 ここで「シンクロ通信」でも紹介しましたが、何度読んでも感動を覚えますので、重な
りますが掲載させていただきます。『心に響く小さな5つの物語』(藤尾秀昭・致知出版)
の第五話に「縁を生かす」という実話が収められています。

 《その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好
きになれない少年がいた。中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようにな

っていた。
 ある時、少年の一年生からの記録が目に止まった。「朗らかで、友達が好きで、人にも親
切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。 間違いだ。他の子の記録に違いない。先生
はそう思った。

二年生になると「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれてい
た。三年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」三年生の後半
の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、四年生になると「父は生
きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」先生の胸に激しい痛
みが走った。

 だめと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の
前に立ち現われてきたのだ。先生にとって目を開かれた瞬間であった。放課後、先生は少
年に声をかけた。「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?わ
からないところは教えてあげるから」少年は初めて笑顔を見せた。

 それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で少年が初めて
手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始めていた。
 クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。あとで開け
てみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。先生はそ
の一滴をつき、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、
気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。

「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」

 六年生では先生は少年の担任ではなくなった。卒業の時、先生に少年から一枚のカード
が届いた。

「先生は僕のお母さんのようです。そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生で
した」

 それから六年。またカードが届いた。「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担
当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することが
できます」

十年を経て、またカードがきた。そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に叩かれ
た体験があるから患者の痛みがわかる医者になれると記され、こう締めくくられていた。

「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救って
くださった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の
 先生は、五年生の時に担任してくださった先生です」

 そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。「母の席に座ってください」と一行、
書き添えられていた》

 深い愛と思いやりに出会うと人は激変するのです。また、さまざまな出会いによって私
たちは進化成長を遂げます。

 私たちは得てして、自分勝手なイメージで、相手を決めつけてしまったりしています。
結果は、流れがあってのものです。「縁」を大事にすれば、「縁」に助けらます。それがマ
ヤの精神でもある「イン・ラケッチ(わたしは もうひとりの あなた)」です。

 一つひとつの行動を否定することはあったとしても、人格否定や人格攻撃は何としても
避けたいものです。そこには秘められた事情があるにちがいありません。

 「縁」を大事に生きるとは、目の前の現象だけで判断するのではなく、そこに至る流れ、
プロセスを慮(おもんばか)ることではないでしょうか。

「縁」は「祈り」とともに温め、育てたいものです。